古典の本がおすすめな理由【本質が隠されてます】

こんにちは。モトです。

みなさんはどのようにして読む本を選んでいますか?なにか基準みたいなことを決めたりしていますか?

僕が読んでいる本は、そのほとんどが古い本でした。だいたい30年以上まえの本です。最も古い本は、プラトンが書いているので、紀元前400年ほどでした。

他の分野にも目をむけてみると、なんと、好きになる曲も比較的古いものでした。60年代のビートルズに始まって、90年代のパールジャムまでをよく聴きます。

そうなると映画も同じなんですね。40年代の「カサブランカ」に始まって、70年代の「ゴッドファーザー」をよく観ます。「時をかける少女」などのアニメ映画は、例外的に新しいものでも観ていますけど。

どうして古い作品ばかりを好きになるんだろう?いつから、いわゆる古典を好きになり始めたんだろう?

考えてみると面白い事が分かりました。

読みたい本がない、なにを基準に本を選んで良いかわからない。そんな方に、僕は古い本を勧めたいと思います。

いつから古典に目覚めた!?

僕が思いつくかぎり、古典を読むようになったきっかけは、ある小説に出てくる一節です。

彼は僕なんかはるかに及ばないくらいの読書家だったが、死後三十年を経ていない作家の本は原則として手に取ろうとしなかった。そういう本しか俺は信用しない、と彼は言った。

「現代文学を信用しないというわけじゃない。ただ俺は時の洗礼を受けていないものを読んで貴重な時間を無駄にしたくないんだ。人生は短い」

ノルウェイの森

僕の印象に残ったのは、「時の洗礼」と「30年」と「人生は短い」というキーワードでした。

「時の洗礼」と「30年」と「人生は短い」

当時の僕はたしか19歳の大学生でした。大学に入ってから熱心に本を読み始めました。正直なところ、何から読んで良いのかまったく分からなかった。

だから、手当たり次第に面白そうだと感じた本を読んできました。すると、たいていつまらない本を読むはめになります。メディアに影響されて、くだらない本ばかり読みました。

それでも本を読み続けると、分かることがあります。それは、世の中には読むべきだろうと思える本がたくさんあるという事実です。

とてもじゃないけれど、僕の読書習慣やスピードではすべての本を読むことはできません。そうなると、読むべき本を取捨選択する必要があります。人生は短い。

「ノルウェイの森」のあの一節を読んでから、物は試しだとおもって、30年以上前に出版された本を中心に読んでみました。

これが僕にぴったり合います。読む本のほとんどが面白い。読むのに苦労をした本も数多くありますけど、当時の僕にとって、斬新な価値観に触れることができました。

では、どうして古典には良質な本が多いのでしょうか?そして、僕をこんなにも惹きつけてくれたのでしょうか?

1. 時の洗礼を受けているから良質な本が生き残る

長い時間が経っても色あせない本はタフです。そこには力強いなにかがあります。

つまらない本を読みたくありませんよね。役に立たない本も読みたくありません。そんなの時間の無駄です。できることなら、面白くて役に立つ本を読みたい。

面白い本は人を伝って広まっていきます。面白いからその本を読み返すこともあります。

環境の変化に対応できるものが生き残る

科学的な話をすると、チャールズ・ダーウィンの「種の起源」で出てくる「自然淘汰」という考えがあります。時が経っても、環境の変化に対応できるものが時代を生き残っていくという考えです。

けして強いものが生き残るわけではない。なぜなら、最強生物と言われていた恐竜は絶滅しました。力の強いものが生き残るわけではないのです。環境の変化に対応できるものが生き残ります。

古典はまさに時代の変化に対応できる本質が隠されている本といえるでしょう。

たまに聞いたことありませんか?本質が大事だなんだと。

そう、古典は物事の本質を捉えています。

2. 古典は物事の本質を捉えている

古典は物事の本質を捉えているから、時の洗礼にも負けないですし、多くの人々から支持を受けます。

生きている時代が異なる人たちから、読み続けられているということは、ある物事に共通する本質がそこに示されているはずです。

たとえ生きている時代が違っても

たとえば、僕は「アンネの日記」を学生の頃に読みました。ご存知だと思いますが、この本はユダヤ人迫害から逃れるように生活を送っていた少女の日記です。

「アンネの日記」は歴史的な観点から読まれる人がほとんどだと思います。僕もそのつもりで読みました。

ところが実際に読んでみると、僕が予想していた「アンネの日記」のイメージを大きく変えました。びっくりしたのをよく覚えています。

なぜなら、この日記に書かれているのは、恋愛の話ばかりだったからです。迫害され、見つかれば殺されてしまうかもしれない状況にいるにも関わらず、「アンネの日記」には、恋愛の話が多く書かれていました。

最初に読んだ時は、ほんとうに驚きました。

でも、よく考えてみれば、当時のアンネはまだ13歳です。いまの時代の女の子と変わることのない、恋愛を大いに楽しむ少女なのでした。

「アンネの日記」を読んで僕が考えた事は、「人はいかなる状況においても異性を求める」のではないかという推測です。

たとえ、人種や価値観や言語が違っても

また古典の中でも、飛抜けている古典は世界中の人々に読み継がれています。人種も、価値観も、言語も異なる人々から読まれる本があります。

これは、人々に共通する物事の本質があるからです。でなければ、こんなにも多様な考えであふれた世界で、多くの人に読み継がれることはできないとはずです。

このように、古典は物事の本質を捉えているから良いのでした。

だからと言って、現代の本が読むに値しないと言っているわけではありません。現代の本も良いものは良いです。

なぜなら、昔から語り継がれてきたある物事の本質を、現代の人にとって分かりやすく書かれているからです。つまり、現代の本のほとんどは、古典の本を参考にして書かれています。

3. 現代の本は古典の本を参考としている

いきなりですけど、自己啓発の本を読みますか?僕はいまや全く読まないです。理由は、古典の内容をビジネスの方向に要約しているので、解釈が一方的になりがちだからです。

結局のところ、始めから古典を読んだ方が有益だし手っ取り早いです。

現代の自己啓発の本を読んだけど

学生の頃は、何か見つけなきゃならない、今しか時間はないと思って自己啓発の本をたくさん読みました。100冊は越えています。

自己啓発の本って読みやすくて、すぐに読み切れるんですよね。たくさん読めば分かるのですけど、書いてある内容は似たり寄ったりです。

そして、これが重要です、なんにも役に立たない自己啓発の本が非常に多い。理由は、内容が薄っぺらくて、響きのいい言葉ばかり並べてあるからです。だから読んでいると、元気が出る気がするけれど、どこにもたどり着かない。

西きょうじさんの本で、自己啓発の本は麻薬のようなものだと書いてありますが、その通りだと思います。

古典の哲学書に本質があった

自己啓発の本があまり役に立たないことを悟ったあと、僕はプラトンの「国家」に出会いました。あのときの感動は本当に大きかった。

そこには、自己啓発の本で書かれている内容のすべてがありました。

たとえば、習慣が大事だと言われますよね。自己啓発の本でも必ず習慣について言及されます。プラトンの「国家」にも人々に良き習慣が身につかなければ、良き国家を築き上げることはできないと書かれています。

つまり、この習慣にたいする考えは紀元前400年からあったのです。

他にも習慣に関する内容は、多くの古典で語り継がれています。

たとえば、ヴィクトール・フランクルの「夜と霧」では、ユダヤ人収容所のあまりにもひどい生活環境ですら、人は慣れてしまうと言います。大勢のユダヤ人は、トイレも横で寝なければなりませんでした。部屋は悪臭が漂っています。それでも、人はそこでの生活に慣れていったと言うのです。

ここから記憶が曖昧なのですけど、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」もしくは「罪と罰」の中に習慣について書かれています。たしか、ゴミ屋敷のような場所で生活する人にたいして、これは習慣がなせるわざだと書かれていたと記憶しています。習慣というのは、恐ろしいものだと。

このように現代の本は、古典の本を参考文献としています。それだったら、始めから古典を読んだ方が良さそうな気がします。

たしかに、現代に合う解釈も必要です。だけど、もとのアイディアは古典から導きだされたことを忘れないで頂きたい。あくまで古典に本質があります。

まとめ

これまで書いてきた3つのことをまとめますと、

  1. 古典は時の洗礼を受けても生き残っているから良き本が多い
  2. 古典は物事の本質を捉えている
  3. 古典は参考文献として使われている

まず、古典は長い時間が経っても、読み継がれているから良質な本が多いのでした。長く生き残る本は、インパクトのある本ではなく、どのような環境にも対応できる本でした。

つぎに、古典は物事の本質を捉えているため、どの時代でも有効に活用できる知恵が備わっていました。

最後に、現代の素晴らしいと思える本のなかには、古典で書かれている本質が隠されているのでした。

古典と言っても、難しい本ばかりではなく読みやすい本もあります。あまり肩をこわばらせないで、軽い気持ちで古典を手に取ってみて下さい。

あとがき

古典、古典と書き続けてきました。この記事で、僕が言っている古典は、今から20年から30年前以上の本を指しています。

300年、500年も前の本だけではありません。そんな昔の本をいつまでも読んでいられないです。読みづらい。

僕は最近、夏目漱石の本を読んでいます。夏目漱石が亡くなったのは1916年なので、およそ100年前に書かれた本ですね。

いきなり、100年前の本を読むのは大変そうに感じた方は、20年前に書かれた本を読んでみて下さい。読みやすいですし、その豊富な内容に驚くはずです。

古典を読んで良かったと思えてもらえば、嬉しいです。




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ABOUTこの記事をかいた人

ピースボートに乗船して17カ国で400人の外国人にモットーを聞いてまわりました。 旅の醍醐味は人との出会いだと信じています。 村上春樹とパールジャムといぬが好き。走ったり泳いだりしてます。